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梅原龍三郎 ① 裸婦 生命力

最終更新: 6月16日



鮮烈でイキイキとした赤の上に力強い裸婦が描かれています。女性のたくましさが前面に表れているような本作はなんと梅原龍三郎89歳の時の作品です。

1957年に日本芸術院会員の辞退が認められ、あらゆる公務から解放されて自由な境地で取り組んだ晩年の作品は鮮やかな色彩に輝き、生命力に溢れ、観る者に力を与えるかのようです。

梅原龍三郎《裸婦》10号 油彩・キャンバス 1977年



梅原龍三郎は20歳でフランスへ留学。ルノワールの作品に深い感銘を受け、直接師事。ルノワールから「君には色彩がある。デッサンは勉強で補えるが、色彩はタンペラマン(天性)だ」と高く評価されていたといいます。セザンヌやルオーといった剛毅な画家についても大いに学び、西欧的な教養の上に日本の伝統美を重ね、独自の画境を展開しました。大正・昭和を通じ日本の洋画界を牽引した重鎮として美術の教科書でご存知の方も多いでしょう。

梅原龍三郎が取り組んだ主題は多様ですが、人物画では裸婦像が圧倒的に多く描かれています。今回は身近な人々の言葉を挙げ、その「人間性と資質」に焦点を当てながら「裸婦」をご紹介したいと思います。


「梅原は1オクターブ高いところから出てきた。展覧会で滞欧作品を見た芥川龍之介は『この人はどんなものを食べているのだろう』と言った。」(中川一政)


「(梅原の色がいつでも暖かくって美しいのは)天分に決まっているが、その天分は色のヴァルール(色価)に対する感覚にあるのだろう…全体として暖かい感じを受けるのは梅原くんの人柄によるんだ。神経の細かい、情熱的な人情の厚いところが自然に出ているんだろう…」(児島喜久雄)

「私は先生のところで絵を見て非常に驚いた…若いという表現ではまだ言葉が不足でね、みずみずしいと絵をみて痛切に感じました…プロというものは第一条件に若さがないといけない。精神が老いこんだらプロじゃない。梅原先生の絵を見ていると若い…それでね、絵がワガママだからいいの。遠慮していると絵が萎縮してしまう… そこに若さ、みずみずしさがあるんだなぁ」(将棋士の升田幸三)


豪胆な性格から「画壇のライオン」とも呼ばれていましたが、来客を細やかにもてなすなど、人情に厚く、若々しい精神にも満ちていたようです。


そして、梅原龍三郎は豪快な美食家でした。

鰻が大好物で80歳を超えても鰻2〜3人前を軽く食していたといいます。

特にフランス料理とワイン、中華料理と老酒には目がなく、フカヒレとナマコの美味しいお店を聞くと中国まで出かけていたと高峰秀子は語っています。

食べ物も描く対象もこってりとした豊かなものを好んだようです。


「テーブルの上には例によって、茅台酒、老酒、ブランデー、ビールなどが乱立していて賑やかだが、私は梅原大人がお酒に酔って乱れたのを見たことがない。こういう人物をほんとうの酒豪というのだろう」(高峰秀子)


常にウイスキーと煙草は手放さず、かなりのヘビースモーカーでしたが、97歳という長寿を全うしました。梅原芸術にみなぎる生命力は画家の生命力としっかり呼応しているようです。



本作はルノワールやセザンヌが取り組んだ「水浴裸婦」に触発されたのかもしれません。描かれた頃(第二次滞欧期後)は「日本的な油彩画」を求め、重厚な素晴らしい裸婦像が描かれた時期でもあります。体の赤い輪郭の上に引かれた黒線は油彩の上から鉛筆で縁取られたようです。こういったところにも縦横無尽に画材を駆使した梅原らしい大胆さやおおらかさが表れています。額縁も素晴らしく、小品ながら魅力的な作品です。


梅原龍三郎《裸婦》4号 ペン・パステル・紙 1976年1月 



「梅原の絵が一つ事を繰り返していると言う批評を聞くが、自分はそれに反対だ。自分は梅原の絵を20年以上気をつけて見ているが、決して繰り返してはいない。ある時期に裸婦のいいの絵を見る、この裸婦はこれまでの裸婦の中でも最も優れた出来だと思う。…ところが2、3年経って又いい裸婦が出来る、そして今度のもいいと思う、前の裸婦と何れが優れていたのだろうと考える。…実際に前に感動したその画がその場にあって、二つを並べてみる、自分はその間の進歩に驚いた経験がある。決して一つの所に止まっているのでないことを知る。」(志賀直哉)

「…現代日本の絵描きで梅原を最も優れた男だと自分は思っている。腹の底から芸術に対する熱情を持ち続けている点も無類だ。」(志賀直哉)


このように梅原は常に向上心と情熱を持って努力を続けた人でもありました。


「僕は梅原が伊豆の海岸や大仁で仕事をしているところを見たが、彼は若い人達と同じところで仕事をしていた時も、彼が一番勉強家で、若い人はその点でも彼には比べ物にならなかった。」(武者小路実篤)


強烈な個性と体力を基に、努力を重ねて貪欲に学び、ひたむきに表現意欲を燃やし続け、生の喜び溢れる「梅原芸術」を成熟させていったのでした。


梅原龍三郎《立裸婦》墨・紙 31.2×21.0㎝

梅原龍三郎《裸婦》墨・紙 31.7×22.0㎝

梅原龍三郎展(1991年)図録に類似作品掲載



(文/青龍堂 小川)


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