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うなぎ恋しさに身も世もない

南千住にある「尾花」で鰻をいただいてきました。


「東の尾花、西の野田岩」と言われる南千住の尾花の鰻。南千住は江戸四宿の一つとして栄えた千住宿が拡大して加えられた南宿が起源だそうです。


梅原龍三郎先生も無類の鰻の好きだったようでこんなお話があります。

「まずいもの食う元気がなく、遠からず鰻の獅子喰いに日本へ帰らんと思う‥」 という手紙がパリから着くか着かないかの内に、東京市ヶ谷の先生から「うなぎを食いに帰ってきちまったァ」 という電話が入った。うなぎ恋しさに身も世もない、というこうしたときは、お上品な「山の茶屋」や「竹葉」では間に合わず、先生のいう「小塚ッ原のうなぎ」つまりは千住は「尾花」まで出向くことになる。尾花の大串は、四十センチほどもある大皿に大蛇の如きうなぎが山盛りで現れるからである。 尾花のおかみさんが「ドッコイショ!」と大皿をかつぐようにして、ゴトン!とテーブルの上に置いたとき、私は言った。 「先生、獅子喰いってどうやるの?」 「ふむ、つまりはね、こうやるんだ」 梅原先生は両手で大皿を抱えこむと、いきなり大皿の真ん中に顔ごとつっこんでムシャムシャと息もつかずに食べだした。お相伴は柏戸や朝潮などのお相撲さん方だったが、さすがの巨漢もただ呆然。目も鼻も、顔中うなぎだらけになった先生に、私はおしぼりを貰いに台所に向かって駆け出した。」高峰秀子著 「私の梅原龍三郎」より 梅原先生がいらして、しかもお相撲さん達とご一緒だったので、大串を大皿に盛るという特別な出しかただったのでしょう。鰻の獅子喰いー豪快さが先生らしいと思いました。 さて、そのうなぎですが、とにかくふっくらとしてタレの甘みと辛みのバランスも最高でした。予約も出来ず閉店も早いので、早く伺って並ぶしかありませんが、その価値は大いにありです。





写真は梅原龍三郎先生本人の手のブロンズ(柳原義達造)と先生が実際に使われていたパレットです。




梅原龍三郎のギャラリーはこちらからご覧いだだけます。


(文/青龍堂 店主)





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