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執筆者の写真青龍堂 小川

香月泰男 「生」を描く (後編)



香月泰男《かまきり》52.1×31.5㎝ 

今にもクリっと頭を動かしそうなカマキリが最小限の線で生き生きと描かれ、余白の広い墨の背景にその存在が際立っています。幼い頃、水墨画を見て育った香月の東洋的で静謐な「墨彩素描」、なかでも虫の作品は特に人気があります。

香月は故郷の三隅町を「<私の>地球」と呼び、その暮らしの中で出会った自然、草花や虫たちを描き、いつも家族のそばで過ごしました。そんな香月には愛情溢れるエピソードがたくさんあります。奥様の婦美子さんの著書から一つご紹介します。

庭の真ん中には、主人がシベリヤの収容所から豆を持ち帰って育てた、サン・ジュアンの木があります。五十年という月日がたって、その木は屋根をはるかにこえた大きな木になりました。主人は生前いっておりました。

「自分が死んだら分骨して、サン・ジュアンの木の下に埋めてくれ。そしてサン・ジュアンの木に生まれ変わったら、孫たちがよじ登ってくれるだろう…」

主人はこの木をとても大事にしていました。

(中略)

香月家代々のお墓は、家の前の川沿いの土手を歩いてすぐの見晴らしのいい高台にあります。あるとき主人とお墓の話をしましたときに、いっておりました。

「あっちは遠いから寂しい。だから庭におる。そうしたらお前たちを見守ってやれるから」

(『夫の右手』より)

そんな家族思いの、そして「死」と隣り合わせの経験をしたからこそ「生」の重みがわかる香月の作品は、命の煌めきや安らぎを感じさせ、今もなお人々を魅了し続けています。

(文/青龍堂 小川)


香月泰男「かまきり」

52.1×31.5㎝

水彩・鉛筆・クレヨン・紙

香月泰男鑑定登録会鑑定書あり



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